[インタビュー]所持品は自転車とコーヒーだけ。「僕らはお金から解放されて生きていけるのか」❸
日本人自転車冒険家、西川昌徳(以下、マサ)へのロングインタビューPart3。彼がアメリカ西海岸を縦断する旅の途中、ポートランドで私たちは出会った。それから数年後、マサの冒険哲学は大きな変化を遂げた。
”コーヒーを無料で振る舞い、お金を介せず旅をする”。
そんな実験をテーマに掲げ、一文無しで日本全国を冒険した。
その発想はどのような経緯で生まれ、結果、どのような影響を彼にもたらしたのか。
冒険家ではない私たちにも、大いに響き渡る言葉の数々。私たちが求める安定や自分らしさって一体、何なんだろう。
両の手を合わせるように、本当の自分と重なる
お金を持たずにフリーコーヒーをしながら、果たして日本で生活していけるのか。一年間かけて実験、実証したそれは「できる!」そして「めちゃくちゃ楽しくて大きな気づきがあった」という最大級の笑顔つきの自信と結果に終わった。
何より、予定や義務、こだわり、既存の価値観から自由になることで、ますます本来の自分に立ち返ることができたという。
でもここで”本来の自分”って何? と少しでも感じた人には、ぜひ右手と左手を自分の前に差し出しながら、ゆったりとした気持ちでマサの気づきと喩えに耳を傾けてほしい。
「手のひらが二つあるでしょ。左手が生まれ持った自分の性質。右手が頭で思っている、こうなりたい、という自分。
僕の場合、“右手の自分”がずっと支配していたんだ。こうならないといけない、こうしなければならない、ってね。でも異国での強盗があって、それをきっかけに日本でフリーコーヒーをやってみて誰か(または社会)によって決められた理想や常識から本当の意味で自由になれた。それはまるで右手と左手がピタリと合った感覚だった。そして、自分が自分であることが一番大事だと心から理解できたんだ。
それを知ることなくして、社会にどう貢献するか、とか、どうやって飯を食って行こうかっていうのは僕の場合はまた別の話で。自分が自分として生きていけば、心には適度な余白が生まれる。その余白があるからこそ、予定していない素晴らしい出会いが訪れ、互いに委ね、調和し、響き合うもののがあるとわかったから」
右手と左手。ピタリと合わさったその様は”祈り”の姿とも重なる。そう思うと、生きること自体が”祈り”のような行為なのかもしれない。
こんな話をすると、何を”きれいごと”ばかり、という声が聞こえてきがちだ。いまこの文章を読んでいるあなたにも懐疑心が湧いて来たっておかしくない。理想的思想と言われ得ることもわかっている。
正直に言えば、私の中にだって少なからず芽生えた気持ちだ。
そんなきれいごとばかりで生きているけるのか?って。
しかし、そんな心境を誰よりも承知しているのは、当のマサ自身だったのだ。
「安心してください。僕も(そんなきれいごとって)同じこと思ってますから、笑。
でもだから生き方の実験しているし、フリーコーヒーをやっているんです。
恥ずかしげもなく言います。
僕はきれいごとを信じたいんです。ただ信じたいだけじゃなく、作りたい。だから行動しているんです」
私たちは何かをした/された時、その対価を無意識にも、当然のように期待し、計算してしまいがちだ。これをしたらあれで返さなきゃ。これをやったんだから、いくらくらいは欲しい。反射神経的に考えるその思考から自由になれる世界があるのなら、私だってそこに飛び込んでみたいと思わずにはいられない。もしあなたが今頷きながらこれを読んでいるのならば。。。
つまり、私たちもとっくにその“きれいごと”の一端にいるのだ。
日本から海を渡ったフリーコーヒー
一年間の日本でのフリーコーヒーを終えたのち、マサは韓国、さらには香港へと飛んだ。関係の悪化ばかりが過剰に報道されがちなメディアの情報は本当なのか? 世界を国や政治で括るのではなく、そこに生きる個々人が何を思い、どう行動しているのかを実際に自分で見て、感じたい。何も話さなくたって、ただ会えるだけでもいい。正論を持ち出す気も、対立を無くそうという目標や意図だってない。
「ただ美味しいコーヒーを緒に飲んだらいいじゃないですか」
相手がどんな肩書きでであっても、どこの国であっても、相も変わらずこう対応することだろう。
ふと、6年前の初めてマサにあった日の情景がよぎった。
日本から自転車で来たとは思えない。まるで常連のように肩を並べ、カウンターに佇んでいた彼の様子を。
ああ、全然変わってなんてなかったんだ。あの時すでに、マサはちゃーんと心の余白を大切に持っていたんだと思う。
ただ当時は今よりそのスペースが少し狭かっただけ。その余白の向き合い方に気づいていなかっただけ。
だからこそ彼は、唐突すぎる初対面の私たちへの結婚式にもふらりと心地よく参加してくれたのだ。
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日本で一年間、フリーコーヒーの経験を経て、随分と広く、深く、柔軟になった余白を携えたマサは、韓国、そして香港へと渡った。自転車とコーヒーと。実験の舞台を海を越えて異国に移したその旅の様子はPart4に続きます。
PROFILE
西川昌徳
自転車冒険家。大学卒業後から自転車での旅を始め、現在、37カ国以上、97,200キロメートル以上を完走。
2018年からは#dailyFreebicyclecoffee をはじめ、フリーコーヒーを振舞いながら冒険をするスタイルに。19年からは同プロジェクトで韓国、翻刻にも渡る。
また講演、海外からの中継授業、子どもたちとの自転車の旅などを行うほか、世界の路上からリアルな人々の思いや状況を伝えている。
https://www.earthride.jp/
IG @earthride.jp