[インタビュー]所持品は自転車とコーヒーだけ。「僕らはお金から解放されて生きていけるのか」❷

日本人自転車冒険家、西川昌徳(以下、マサ)へのロングインタビューPart2。彼がアメリカ西海岸を縦断する旅の途中、ポートランドで私たちは出会った。それから数年後、マサの冒険哲学は大きな変化を遂げた。

”コーヒーを無料で振る舞い。お金を介さずに旅をする”。

そんなことは可能なのか。なぜその決断へと思い至ったのか。そして結果、彼の冒険人生にどんな影響を与えたのか。

冒険家ではない私たちにも、大いに響き渡る言葉の数々。私たちが求め続ける、安定って一体、なんなんだろうか。

5歳のヘルパーくんはコーヒーの淹れ方までマスターしてしまった。

5歳のヘルパーくんはコーヒーの淹れ方までマスターしてしまった。


景気にもウイルスにも振り回されない”独自”の貯金とは

  自分の活動や社会貢献の成果がお金という対価に変わる。そのためにやりたいことがさらにできるようになる。これが資本主義の基本的な構造であり、メリットでもある。



 私がマサと出会った5年前、まだ彼は冒険家としてこの資本主義のシステムの中で確かに何かを模索していた。しかし、異国での全財産の喪失、死をも過ぎるほどの体験からスタートした旅の過程で、見返りを求めない手助け、ただ人が出会い、共に過ごすことに価値を繋いだ旅は、彼をこの当たり前のサイクルからの逸脱を後押しするきっかけともなったのだ。



「目の前で全財産を持って行かれたときに実感したんです。不可抗力とか、予期しない何かで、お金って一瞬でなくなり得るもの。そしたら自分の行動をお金に置き換えている限り、そのループからは免れられない」

 

だからこそマサは自問した。自分にとってお金に変わるものは何だろう? がむしゃらに前へ前へと踏み出して来た足を一度、止めて、ゆっくりと深呼吸に変えて振り返ったんじゃないかと思う。

 

「その答えが“心に残せるもの”だったんです。出会いだったり、交わした会話や想いだったり、自分と相手の間で生まれる独自の関係性こそが財産で、その積み重ねが僕にとっての貯金。コロナにも株にも、社会の動向にも左右されない、誰にも奪うことはできない。何よりも安定した財産だったから」

 

自分を介して出会う人との間に生まれる“目に見えない何か”を糧につながり、支え合う社会。 “Pay forward(ペイフォワード)" や寄付とも違う、全く新しい豊かさの循環を異国で体感したからこそ、それを今度は生まれ育った日本で実験してみたくなったのだ。誰の期待にも答えない、ただ「自分が心からやりたいこと」をするために。

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自分の旅から、自分が抜けて行く感覚

“心に残るもの”をガソリンに、無一文でフリーコーヒーの自転車旅に出たのもつかの間、“心が冷えた”とのっけから思ってしまったマサ。

東京でATMに全財産を放り込み、レシートをとって自動ドアを出た瞬間だった。

「新橋駅でサラリーマンの通勤ラッシュに遭遇したときに思わず叫び出しそうになったよね。それは自分が、みんなにとっての当たり前、つまり”生きてくのに必要だ”と思っているものごとから無理やりベリっと剥がされたかのような怖さを感じたから」

自分で決めた旅だというのに、いや、だからこそ怖さがあったのだろう。怖さは好奇心と常に表裏一体にある。

しかし2週間が経過してまたもや予想外のことが起こった。

「お返しの割合が日々の生活に必要なものより増えていってしまったんです。フリーコーヒーの目的を話して、何かと“交換”するといっている限り、人に「何かお返ししなきゃ!」とプレッシャーを与えてしまう。それではコンセプトがずれていってしまうので、相手に具体的に聞かれない限りは理由を話さないことにしたんです」

増えていったのは物だけではない。なんと、お金を置いていく人も次々と現れ始め、所持金も増加。彼のすごいのが、ここでちゃんと旅の原点に立ち返られたところだ。私だったらお金まで増えてしまったら、これはこれで今後のために大事にとって置こう、となり兼ねなかったことは容易に想像できる。

しかし、彼の目的はそこではない。お金が増えていっては結局、そのシステムから抜けられない。

そこで取った策はとてもシンプルだ。

「おいしいコーヒーを飲んで、一緒におしゃべりしたら、楽しいじゃないですか」

あくまでも軽く、ゆるく、聞かれた場合にだけそう応じる。

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それからは程よいリターンで身軽に旅を続けられるようになっていったという。その身軽さとは物質以上に、気持ちの方だったのかもしれない。

 

「いつの間にか、明日ご飯は食べられるだろうか、という不安から自分がすっかり抜け出ていたんです」

そして生まれていたのは心の余白と、それを存分に面白がれる余裕でもあった。

 

「それまでは人通りが多いところを探してコーヒーを淹れていたのに、人がいようがいまいが関係ない。自分が馴染む場所が直感でわかるようになっていった。

ノルマもなくして、1日ひとりでOK、と自分へ課していたハードルもどんどん低くなって。

こうあるべき。ああしないと。そんな思考から放たれた末に

“何があっても大丈夫”と思える瞬間があって。

自分の(頭で考えていた)旅から、自分が抜けていった感覚でした。

するとね、その余白に出会う人たちがいろんなモノを投げ込んくるんです」。

そんな流れに任せて巡り会う人や起こること、そこにわが心身を躊躇なく委ねることこそが、自分に最もしっくり来る旅の在り方だとわかったのだ。

道端だけではなく、偶然出会った人のご自宅に導かれてはコーヒーを振舞うことも。心の余白に投げ込まれた出会いのひとつ。

道端だけではなく、偶然出会った人のご自宅に導かれてはコーヒーを振舞うことも。心の余白に投げ込まれた出会いのひとつ。

 Part3に続きます。

 [ PROFILE ]

MASANORI NISHIKAWA

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自転車冒険家。大学卒業後から自転車での旅を始め、現在、37カ国以上、97,200キロメートル以上を完走。

2018年からは#dailyFreebicyclecoffee をはじめ、フリーコーヒーを振舞いながら冒険をするスタイルに。19年からは同プロジェクトで韓国、翻刻にも渡る。

また講演、海外からの中継授業、子どもたちとの自転車の旅などを行うほか、世界の路上から

リアルな人々の思いや状況を伝えている。


https://www.earthride.jp/

IG @earthride.jp

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